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新着情報

 炭酸ガスのツブツブ  12.03.29

こんにちは。

今日は朝早くからビールの仕込みをしています。
ところでビールの炭酸はどこから来るのか。たまに質問をされます。
答えは、ビールに限らずワイン、日本酒、それにパンなど、酵母を使い発酵をさせて作り出す飲み物、食べ物は酵母の働きで炭酸ガスを作り出します。
その炭酸ガスを閉じ込めると発泡性の飲み物に、パンなどの場合は炭酸ガスが逃げないように小麦粉をよくこねて、膨らましてパンにします。
パンを割るとツブツブの隙間がありますが、それは炭酸ガスが発生した名残のツブツブです。
そんなツブツブをぶつぶつ言いながらススキノビールの仕込中です。

 まだまだ寒い  12.03.22

こんにちは。

北海道はまだまだ寒い。
今日は勉強会に呼ばれていて、お昼過ぎに出ましたが一時みぞれ混じりの雨でした。
3月も残すところ10日をきり、しかし、寒い。
呼ばれた勉強会ではビールの話をしましたが、話していて「そうだったよね」的なことが口から出てきて、自分でしゃべっていながら再確認です。

そんなことってありませんか。

去年の3月は震災があり大変な春先を迎えました。
しかし、去年の状況を見て今年の準備をしていたら今年は随分と品物が動いてちょっとあせっています。
3月下旬からはがんばって「ススキノビール」量産体制です。

 ススキノビールのこと  12.03.19

こんにちは。

ここしばらく温かい天気が続いて雪解けが進んでいましたが昨日から寒さが戻り、今朝は道路に雪が積もっていました。
まだまだ寒いぞ北海道。
昨日はシュバルツ(夕張石炭ビール)の濾過を行い、今日はその後始末とビールタンクの移送などを行っていました。
一般に発酵タンクの形状は下に円錐形を逆さまにして、その上に円柱形が乗っています。
イメージとしては先端が尖ったロケットを上下逆さまに置いた、そんな形です。
その尖った先端に酵母が落ちて集まり、少しずつ酵母をぬいてきれいにしていきますが濾過を行う前なので、まだまだ液体には酵母が含まれるので濾過を行い酵母を除きます。
そんな仕事をやっているススキノビールです。

 レルヒ中佐  12.03.13

こんにちは。

またまたスキー100年についてですが、スキーを伝えたレルヒ少佐は来日中に昇進して中佐になっています。
1910年11月に少佐として来日し、1911年2月には北海道を訪れ、北海道での痕跡はレルヒ中佐として残っているようです。
2月頃は旭川でスキーを教え4月15日には倶知安町に到着しています。
札幌は通ったのでしょうか。
札幌でビールは飲んだのでしょうか。
などと書き込みながらビールの仕込み中です。

 オーストリア・ハンガリー帝国のビール  12.03.10

こんにちは。

今期のウインターシーズンも終盤、今年はスキーが伝えられて100年。
スキーを伝えたのはオーストリア・ハンガリー帝国の軍人レルヒ少佐。
ここまでは前回のブログに書き込みましたが、当時のオーストリア・ハンガリー帝国の人々はどのようなビールを飲んでいたのか?
おそらくウインナビール(VIENNA BEER)ではなかったかと推測します。
ウインナビールとは1800年代中頃に完成して1918年オーストリア・ハンガリー帝国が解体する頃まで製造されていたビールです。
ウインナビールはベースモルトにウインナ麦芽を使ったビールでメルツェンとは兄弟関係になります。
ウインナ麦芽はエール麦芽の製造法に近くて、一般的に使われるピルスナービールのベースモルト、ピルゼン麦芽よりも若干高い温度で風乾させるので色が中濃色よりになるようです。

VIENNAの読みはウィーン、またはヴィーン、英語読みでヴィエナ、仏語読みでヴィエンヌ、高尚な音楽の響きが聞こえてきそうなオーストリアの首都名です。

 スキー100年  12.03.06

こんにちは。

結構頻繁に「すすきのビール350ml缶」の缶詰め作業を繰り返しています。
ところで今年は北海道にスキーが伝えられて100年になるそうです。
オーストリア・ハンガリー帝国のテオドール・エードラー・フォン・レスヒ少佐が1910年に交換将校として来日した際に新潟で、その翌年1911年に北海道の旭川や倶知安で一本杖のスキー術を伝授しました。
その頃の北海道はどのような様子だったのでしょう。
現在のサッポロビール、アサヒビール、キリンビールはそれぞれ数年前に製造を始めているので、きっとレルヒ少佐はビールを飲んでいたのではないかと想像されます。
多分当時のビールは随分苦くて、それでいて甘みの残る、そんなビールではなかったかと想像します。